真宗基礎講座Ⅰ
テーマ:暮らしの中の念仏講師:巖城孝明氏 専修寺前住職
参加者:40名
日付:10/29
時間:12:30〜16:00
場所:札幌別院1F
報告:高津隆苑
講義→座談→講義、各50分の日程において、先生をお招きし、真宗門徒が「お内仏中心の生活」をいかに回復すべきか問い直した。その具体的な歩みとして、①朝夕のおつとめ、②声に出す念仏、③法座へのお参り、④報恩講のお迎え、という四点の実践が示された。ただし④は講座Ⅱの主題であるため、先生は①〜③を重点的にお話された。
これらの実践の背景にあるのが、真宗大谷派が推進してきた「同朋会運動」である。先生は、その基本理念である「家の宗教から個の自覚の宗教へ」という標語を手がかりとして、参加者に向けてその精神を語った。すなわち、先祖代々の慣習や家のしきたりとして受け身で仏事を行うのではなく、門徒一人ひとりが自分の問題として教えに出遇い、いかにして生きるかを主体的に問い尋ねていくことである。
また、こうした実践を支える仏教徒の根本精神として、三つの重要な柱を示した。「私たちは仏様を拝みます」「私たちは先生のお話をよく聞きます」「私たちはみんな仲良くいたします」の三つである。すなわち、仏法僧の三宝帰依を平易な言葉で示しつつ、それを同朋社会をひらくための仏教徒共通の態度として位置付けられたのである。他者と共に教えを聞きひらいていく法座へのお参りなどは、まさにこの三帰依の精神を日々の暮らしの中で具体化する歩みの一つである。
「声に出す念仏」と「法座へのお参り」について、先生は実感を交えた身近な課題として語られた。かつて法要の場に自然と響き合っていた「なんまんだぶつ」の唱和も、近年では合掌のみが形式的な作法として定着し、声が響き合うことは稀になったという。また、法座へのお参りを一方的に勧めるだけでなく、迎える側の工夫も欠かせないという。かつて、一畳に八人がすし詰めとなる床座りが常態であった本山が、様々な声を受けて椅子席を標準化させたように、固定化した形式を一方的に押し付けるのではなく、人との関わりの中で相互に変化し続ける柔軟さが求められているという。
講義の間には、各人が受け止めを共有し深めていくための座談会をはさんだ。筆者の班では、「念仏を声に出さないといけないのは知らなかった」「試験のときなどにも手を合わせている」「亡くなった主人のぶんの食事を欠かさずお供えしている」といった率直な声があがった。お内仏とのかかわりという点において、各人の生活実感に根ざした語り合いとなった。
各班からの手短な共有によって、座談の成果が全体で確かめられた。最後に、次回の主題である「報恩講とは何か」という問いへ視線を向ける形で、後半の講義が締めくくられた。













